私の生きてる意味
生きてる意味なんて人それぞれだから、ここに書くのは、あくまで私自身の考え方だ。
私は、生きてる意味をたまーに時間がある時に考えてみたりする。
大概それは答えが出なかったり、ぼんやりと輪郭がつかめた気がしても、ネガティブに引っ張られてその日一日落ち込むなんて事も、我ながら、徒労だ。笑 と思う。
だけど、ごくたまに、意識して生きてる意味なんて考えようとしてない時に、なんとなく、生きてて良かったと思う場面に遭遇してきた。
そして、多分、私は、そういう場面が何度かある人生に生きる意味を見出してるんじゃないかな。と最近思うのだ。
正直なところ、人生は、思っている以上に短いし、学生時代を通り過ぎれば、責任とお金の問題なんかで、だんだんと息苦しい状況に追いやられるものなのかなと少し思ってるとこもある。
だけど、
ごくたまに、
母と父の愛情を感じた時。
姪っ子と遊んでいる時。
母になった姉が自分の母親の姿と重なった時。
恋人と他愛なく笑いあった時。
昔の友人と昔話で笑い合った時。
そんな時にとても
あぁ生きてて良かったんじゃね?とぼんやりと思うのだ。
疑問形になってしまうところは惜しいところでもあるかもしれないけど、大概確信には至らないぼやっとした感覚。
だけど、私はそんな感覚を持てる人生を生きている事自体に意味があると思うし、ありがたいと思う。
書いていてつまらない文章だなと思うけれど、こういった事が私の一番好きな事なのかもしれない。
つまらない日常のつまらない事に幸せを感じる事が、私の幸せで、生きている意味なのかもしれない。
なんて秋の夜長に思ってしまうところが相変わらず痛いと言われそうだけれど、それが、私だ。
これからも私だけの私の人生を大切にして生きたいのだ。
以上。